DMMのインフラの歴史


石川県金沢市の本屋の2階にあったデータセンター

タワー型のPC1台で1.5Mの回線からスタートしました。

当時まだadslもない時代でアナログモデム(56k)やISDN(64k,128k)での接続が主流だったころです。

OSはWindowsNT

たしか会員が1000人程度となったころだったか東京への移転が決まりました。15年前くらいだったかな。

インフラチームなんてものはまだなく、私はまだホームページの更新を担当していました。

私がlinuxの「リ」の字も知らなかった頃の話でwindows95、95SEの時代で、対戦型の麻雀ゲームにはまり電話代が3万円を超え母親に叩き出されたのを覚えています。^^;※この後テレホーダイに入ったのは言うまでもありません。

ここにある写真は東京に移転するときに導入された記念すべき初号機の写真です。

srv0001ではなくsrv0002ですが初号機に間違いありません。

F1000004.JPG

 

プラットホームのカスタムモデルだったと記憶しています。

Pentium3の600Mhz

メモリは512MBを搭載

いまではネットブックにもかなわないスペックですけど。^^;

このサーバが10台投入され東京で最初の産声を上げました。ここからDMMの第二章が始まり現在に至ります

いまでは機器番号も4ケタをはるかに超え、まだまだですが5ケタを目指しています。

回線も100Gbpsを接続するに至っています。

ちなみに私がかかわっていたホームページの更新。

現在のようにプログラムでダイナミックなページを表示させるのではなく、

昔はスタティックなページをコンテンツごとにコツコツと作成していました。

1000コンテンツあれば1000枚のページを作成し、デザインの変更があった時はすべてのページで更新を行うという大変な作業を行っていたと記憶しています。

みんな考えてみてください。ほんと大変だったんですよ。1000枚の更新は、、、

なのでデザインのマイナーチェンジレベルの変更はコンテンツの末端(リーフ)ぺージはそのままで違和感がある状態だった時もありました。

この後、当時、まだperlが主流の日本で、まだマイナーだったphpを導入し始めていくことになります。

 

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